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勝手気ままに書いてます  釣りの コラム


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私のルアーフィッシング釣りの技術 2014/11/05

 今でこそ誰もが知っているルアーフィッシングですが、海外のルアーが日本にやってきたのは意外と歴史が浅いことをご存じでしたでしょうか。現在、私は63歳ですが、まさにルアーフィッシングの歴史とともに歩んできた様に思います。私が生まれた時、日本ではまだルアーフィッシングなる言葉すら、ほとんど誰も知らない世界だったのです。つまらない思い出話かも知れませんが、まぁ、少しだけお付き合い下さい。

 私が初めてルアーフィッシングなる言葉を知ったのは、私がまだ学生だった1970年(19歳)の頃でした。当時は滋賀県に住んでいましたが、琵琶湖にはまだブラックバスやブルーギルはおらず、代わりに「ケタバス(正式名称はハス)」と呼ばれるコイ科の魚が釣りの対象魚として重宝されていました。大きさは30cmほど、魚食性が強く獰猛で、口がいかつく曲がった変な魚でした。当時、地元の人達は、この魚を巨大な毛バリで釣っていました。

 毛ばりと言ってもいわゆるフライやテンカラの様なものではなく、3号くらいの幹糸に10本程度の枝素を出し、その先に3cm位の大きな鉤に3cm位の三角形の白い布2枚を固定し、ちょうどモンシロチョウが10羽ほど並んで飛んでいる様に見える様に作られたものでした。この仕掛けの先端に樽型の木製の飛ばし浮きを付けて、シーバス釣りで使う様な大型のリールとロッドで遠投し、水面を引いて釣るのです。一度に数尾のケタバスが喰い付くと、引きも豪快で、日本のゲームフィッシングの元祖の様な釣りでした。

琵琶湖で良く釣れたケタバス 地元の人はこんな毛針で釣っていた

 ただ、この釣りは完全な向こう合わせの釣りで、私はすぐに飽きてしまいました。そんな時にたまたま釣具店でルアーに出会ったのです。店で「これ何?」と聞くと、「ルワーと言うらしいけど、取り敢えず仕入れてみた」とのことで、店員さんも釣り方すら良く知らないと言う、まさに最先端の釣り具だった様です。ルワーロッドなるものも置いてありましたが、高額過ぎて手が出ませんでした。店にはスピナーとスプーンが数種類置いてあり、名も知らないスピナーとトビーというスプーンを1個づつ買ったのを覚えています。

 釣り方も良く判らず、取り敢えずスピナーをハス釣り用毛ばりの代わりに取り付けて、同じ様に遠投して釣ってみましたが、これが面白い様に良く釣れました。しかも毛ばりと違って魚の暴れる感触が直接伝わってきて、病みつきになりました。スピナー程ではないですが、トビーでも釣れました。当時はまだ周囲にルアーを使っている釣り人が殆どおらず、私は鼻高々でした。以来、私の釣りはルアー釣り一辺倒に傾いて行きました。ルアーロッドも購入し、トビーを真似てスプーンを自作したりもしました。

 ただ、このルアーのハス釣りもすぐに飽きてしまいました。簡単に釣れ過ぎたのです。しかし、ルアーの面白さに捕りつかれていた私は、あれこれ本を調べて、ルアーと言うのはマス類を釣るものらしいと知りました。スプーンを湖に落としたらニジマスが喰い付いてきたという話を、この頃知ったのです。そして、琵琶湖に注ぐ愛知川という渓流釣り場に出かけ、放流されたニジマスを釣りました。非常に難しい釣りで半日近くやって1尾しか釣れませんでしたが、それでも大満足でした。渓流の美しさ・魅力もこの頃憶えました。

 往年の懐かしいルアーたち : ルアーが海外から入って来たころは、大型魚向けの大きなルアーばかりだった
 Chinook、HUS Lure、Cop-E-Cat、Little CLEO、Crusader、Toby、Bretton、Aglia、RapalaCD、AthleteS5.5、Wavy50S
 他にもFlamingo、Salar、Dardevileなど懐かしいルアーが有ったが、転勤を繰り返すうちに無くしてしまったのが惜しい

 そうこうするうちに私は転職し、渓流釣りには最高の場所である秋田県に赴任することになります。28歳の頃でしたが、私の釣り人生の運命はこの時、決まってしまいました。東北のイワナやヤマメと出会ってしまったのです。当時、餌釣り師たちが釣っていたイワナやヤマメは20cm前後の小さなものでしたが、私は尺を超えるサイズをこのころ既に釣り始めていました。渓流の大物釣りにハマって行きました。毎週の様に土日になると近くのダム湖や渓流に出かける様になっていきました。

 堰堤プールで大きな渓魚が釣れることを知ったのも、それから間もなくの頃でした。地元の餌釣り師が堰堤の上のプールで型の良いイワナを釣り上げるのを見て、たまたま投げたスプーンに尺ちょっとのイワナがヒットしてきたのが始まりでした。当時は堰堤プールのルアー釣りなど誰もやっておらず、どこの釣り場も独り占めで釣り放題でした。尺を超える中型のイワナなら幾らでも釣れました。当時はまだ釣り人も少なく、渓の魚影も濃かったのです。

 そして思い起こせば、私がルアー釣りを始めてから、もうすぐ40年になります。秋田で覚えた渓流のルアー釣りは、少しづつ形を変えながら、今でも続けていると言う訳です。堰堤プールの釣りにハマりました。源流の釣りにものめり込みました。フローターやボートも覚えました。北海道へ通う様にもなりました。そして、その全てが大物釣りの歴史でした。あれこれ浮気もしましたが、これほどの長い間、ルアーひと筋で釣りを続けてきた人もそう多くはないと思います。ルアーフィッシングは私の人生そのものでした。

 これからも、私は渓流のルアーフィッシングとお付き合いして行きたいと願っています。


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