釣り師のための気象学
初版1997年3月20日、最新版2010年1月12日



1.釣りと気象の深い関係

野外で行うレジャーは沢山ありますが、「釣り」ほど気象に深く関わる遊びは、他には見当たらないのではないでしょうか。その日のお天気が釣り日和で有るか否かは勿論ですが、釣果や長い期間の釣況までが天候に左右されるからです。簡単な気象の知識を覚える事で、快適に釣りができる様になるばかりでなく、釣果アップや釣況の予測まで可能なのです。

1-1.釣りと気象の関係

釣りと気象の関係は、釣行日が釣り日和かどうか、直前の天候がどの様に釣果に影響を与えるか、長期の気候がそのシーズンの釣況にどういう影響を与えるか、の3つに大別できると考えられます。

(1) 釣り日和かどうか。お天気の善し悪しで、釣りの楽しさは大いに変化します。荒天時は釣り舟も出船してくれません。豪雨や強風下の釣りは危険です。

関係する要素:釣行当日の天候、気温、風速、雨量、波高など

(2) 釣行日だけでなく、直前の天候によって、釣果が大幅に変化します。渓流では多少の雨は、濁りを誘い、釣果を増やしてくれます。海釣りでは、濁りや波の状態によって釣れる魚の種類が変化します。

関係する要素:釣行前数日の天候、当日の水温、透明度、水量、気圧、気温等

(3) 豪雪、カラ梅雨、冷夏、暖冬など、長期の気候により釣況が変化します。多くの海の魚は海水温の状況によって、数が増えたり減ったりしています。餌の状況が変化する事で、釣れる魚の種類が大幅に変化します。

関係する要素:釣行前数ヶ月の天候、平均水温、平均気温、年間降水量など


1ー2.釣りと気象を研究しましょう

どの様な魚でも、魚の絶対数や成長の度合いから、回遊コース、餌の種類、釣れる時間帯など、様々な気象条件の影響を受けており、釣果もまた変化します。短期的な気象条件と長期的な気候とを加味し、常に釣果との関係を科学的に研究する事で、より楽しく、又より釣果を上げる事が可能です。あなたの得意な釣りについて、是非、研究してみることをお勧めします。

1-3.渓流魚と天候

具体的にどの様な項目が釣りのどの部分に関係するかを見て頂きましょう。私は渓流釣りをメインとしているため、渓流のルアーフィッシングを例に取り、説明してみます。

(1) 短期

残念ながら、渓流釣りにおいては、早春の低水温期を除けば、悪天候の方が釣果が上がります。渓流魚は非常に警戒心の強い魚ですので、雨で適度な濁りが生じ、また明る過ぎない曇天や雨天の方が人影が見えにくく、魚の警戒心が薄れるからです。加えて、水温の高い夏場は、雨後の方が水温が低下し渓流魚の活性が高くなります。私の過去の釣果データの分析では、下記の条件が最も大物が良く釣れる事が判明しています。

天候は雲、風無し、10〜20cm増水、透明度2m程度、水温15℃前後、気温20℃前後

もう一つ、釣果に重要な影響を及ぼす要素に、気圧があります。魚たちは気圧に敏感で、河川や湖沼など淡水に棲む殆どの魚は気圧が上昇中に活性が高くなります。原因は明確ではありませんが、水中の溶存酸素量がわずかな気圧の変化により増減する事が関係していると考えられています。

この様な事から、早春の低水温期を除けば、寒冷前線の通過した直後の、まだ雲の残っている状態で釣りをするのが、最も良く釣れる事になります。この様な時は気圧も上昇中で、上記の条件を概ね満たしているからです。逆に、早春の水温の低い時(4℃以下)は、移動性高気圧の真下で釣るのが、最も条件が良くなります。日中に水温が急上昇して活性が高くなるだけでなく、気圧も高くなるからです。

しかし、天候が悪いと釣りをしても楽しいとは限りません。良く晴れた清々しいお天気の日に釣りをした方が気分も良いものです。釣果か楽しさか、どちらを優先させるかは、その釣り人の判断によります。

(2) 長期

渓流魚は冷水性の魚のため、猛暑やカラ梅雨の年はあまり良い釣果を望めません。逆に、冷夏で雨量の多いシーズンは、釣況が上がります。渓流魚の適水温は12〜15℃と言われていますが、シーズン中の雨量が多いと平均水温が低下し適水温に近づくため、魚の成長が早くなるとも言われています。

1-4.他の釣魚と気象

私の判る範囲で、渓流魚以外の魚種について、気象との関係を述べてみます。しかしながら、これらの情報は、本格的に研究した結果ではないため、間違いや誤解も多々有るかも知れません。皆さんからの情報があれば、それを参考にして、より充実した項目にして行ければと考えています。

(1) ブラックバス

渓流の魚とほぼ同様の条件の様です。夏は寒冷前線の通過直後、低水温期は移動性高気圧の真下が良い様です。特に夏期の比較的長い雨の最中や直後は、湖沼が増水し、ブラックバスが岸辺近くに集まって来るため、岸からのバサーには非常に釣り易くなります。

(2) イナダ等の回遊魚、ヒラメ、メバル/アイナメなど

岸壁からの釣りでは、餌釣りでは凪の時、ルアーでは少し風があり透明度が下がっている時が良い様です。シーズンが10〜12月頃である事を考えると、日本海側では、高気圧が通り過ぎ、寒冷前線及び低気圧が日本海か朝鮮半島付近に有るときに良く釣れる事になります。逆に太平洋側では、高気圧が日本海に有るか日本の真上に来た時が、もっとも良く釣れる事になります。

(3) 黒鯛、石鯛、真鯛など

これもどちらかと言うと渓流魚とほぼ同様の条件の様です。残念ながら、私は鯛釣りの経験が少ないため、詳しい事は判りません。

2.天気の周期性

1〜2日後の天気は、TVなどの天気予報を参考にすれば間違いありませんが、数週間単位での予報は難しいものです。数週間後の気象を予測する手段として、天気の周期性を見る方法があります。

2-1.三寒四温

古くからの天候の変化を表す言葉として「三寒四温」があります。これは3日間寒いと次の4日間は概ね暖かい日が続くという事を意味しています。しかしこれは3+4=7、つまり1週間毎にお天気が周期性を持って変化している事も意味しています。

小笠原気団の活発な盛夏を除き、7日間、14日間、28日間の大まかな天気の周期性が有ります。特に冬の間の7日間の周期性はかなり明確で、土日が良く晴れると、次の土日も概ね晴れる事が多いものです。

その原因ははっきりしていませんが、月の公転(29.4日)とその結果としての潮の満ち引きが関係しているのかも知れません。元々、1週間を7日と決めたのも、狩猟や漁業を中心に生活していた古代人が、荒れる日や潮回りの悪い日を休息日とした事から始まったのではないかと思えてなりません。

2-2.周期性を利用する

土日が良い天気のパターンであれば、次の週以降も良い天気に恵まれる可能性が高くなり、多くのサンデーアングラーの皆さんには大変都合の良い事になります。しかし、逆に土日が荒れるパターンになると、週末毎に空を見上げてはうらめしく思う事になりかねません。この様な場合は割り切って発想の転換を図りましょう。そのパターンをうまく利用してしまえば、もっと楽しく週末を過ごす事ができるのです。

土日がどうしても荒れる天気になってしまうパターンの時は、荒れた時に良く釣れる魚、例えば海釣りならば黒鯛などをその年の釣りの対象魚と決める事で釣果を楽しむ事ができますし、逆に晴れパターンなら、凪に良く釣れる魚、例えばメバルやイナダをメインターゲットに絞る事で、より楽しく過ごせる事でしょう。

東北地方では、96年10月〜97年2月にかけて、木金曜が快晴、土曜は雨か雪、日曜は午後から晴れというパターンが続きました。そこで土曜を家族サービスの日と決め、日曜はのんびりと昼頃から釣りに出掛ける事に決めました。家族は「お父さんと買い物に行くと必ず雪が降る」とこぼしていましたが、それは決して偶然ではなかったのです。

3.天気図の見方

3ー1.天気図

参考として、天気図の見方を簡単に解説します。現在はTVやラジオで頻繁に天気予報を放送していますので、下記の様な知識が無くても数時間後の天気を判断するには事欠きません。しかし、天気図を見る癖をつける事で、より気象に興味を持つ事ができ、ひいては、どの様な気圧配置の時にどの様な魚が良く釣れるかを自然と判断できる様になるものです。ぜひ、気象と釣りの関係を研究してみましょう。

(1) 天気図の記号

天気図を見る基本は「気圧の配置」です。空気は場所により温められて軽くなったり、冷やされて重くなったりします。温められた軽い空気は上昇し低気圧を作り、逆に冷やされて重くなった空気は下降気流を作って高気圧になります。そして地上では、空気は高気圧から低気圧へと、水が流れるごとく、絶え間なく流れているのです。どこの気圧が高く、どこが低いかを見ることで、天候を予測する事ができるのです。

天気図から日本の周辺の気圧がどの様に構成されているかを見て、当日や1〜2日後の天気を予測します。その場合、釣り師が必要な天気図の記号は、せいぜい6つです。


・高 気 圧:

気圧の高い所。下降気流。場合により移動する。良く晴れる。
気団も高気圧の仲間で、発生場所により性格が異なる。(後述)
等圧線で丸く囲まれた所に青字で「高」又は「H」と書いて表される。
気圧はhPa(ヘクトパスカル)で表され、この値が大きい程気圧が高い。

・低 気 圧:

気圧の低い所。上昇気流。雲が多く出来易く、天気はぐずつく。
台風も低気圧の仲間で、熱帯で発生しエネルギーが大きいものを言う。
等圧線で丸く囲まれた所に赤字で「低」又は「L」と書いて表される。
普通30km/時程度の速度で西(中国側)から東へ移動する。

・寒冷前線:

暖気の下に寒気がもぐり込む所。北側に細長い雨域を作る。
短い雨。移動速度は速い。雨足は強く、雷や突風を伴う場合が多い。
低気圧に引きづられ、やはり西から東へと移動する。
太い曲線の下に青い▼を書いて表される。

・温暖前線:

寒気の上を暖気がはい上がる所。北側に幅広い雨域を作り雨が長引く。
移動速度は遅い。非常に広い範囲でシトシトと雨を降らせる。
太い曲線の上に赤い半円を書いて表される。

・停滞前線:

寒気と暖気が同じ勢いでぶつかる所。動かずに長時間の雨を降らせる。
ほとんど移動しない事が多い。雨足は強くなったり弱くなったりする。
太い曲線の上に赤い半円、下に青い▼を書いて表される。

・等 圧 線:

気圧の等しい所を結んだ曲線。所々にhPaで気圧を記入してあります。
20hPa毎に太い線で表してある。普通950hPa〜1050hPaの範囲が多い。
等圧線の間隔が狭い程、その付近では強い風が吹いている。
風は等圧線に対し半時計方向に平均30度の角度を持って流れている。

上記の内容を覚えるだけで、随分と天気図が良く見える様になる筈です。この様なちょっとした知識だけでも、現在と数時間後のおおよその天気を判断できる様になります。

(2) 天気図から状況を判断する

低気圧や寒冷前線、或るいは移動性高気圧(日本付近にある高気圧)は30km/時程度の速度で西(中国側)から東(太平洋側)へと移動しています。大陸や朝鮮半島付近で誕生した低気圧は、日本海を過ぎると海上から湿り気を吸い、発達しながら日本付近へと移動してきます。

天気図に使われている地図の種類にもよりますが、経線(東経を表す縦線)は大抵の場合、太い線の間隔が約1000kmとなっており、移動性高気圧や低気圧は30〜35時間後に一つ右の経線の位置まで移動すると考えて差し支えありません。朝鮮半島の先端付近にある低気圧は、東京の真上までなら、1300kmの道のりを40〜45時間かけて移動して来る計算になります。同様に北京付近なら65〜75時間後になります。

4.その他

4ー1.天気予報には様々有る

1995年までは、天気予報と言えば、気象庁の発表するデータを元に、各放送局がほぼ同じ内容の放送を展開していました。しかし、法律の改正により、現在は気象予報士がいる気象予報許可事業者であれば、独自の予報が幾らでも出せます。そのため、当たる予報と当たらない予報の格差や、予報の癖が随所で見られる様になって来ています。

例えば、某市のCATVで放送される週間天気予報は、3日目以降は殆ど当たりません。しかも、数時間毎に3日目以降の予報がコロコロと変わります。たった1時間で予報が晴れから雪マークに変わってしまう事もありました。どの放送局のどの予報が確度が高いかを、良く見極める必要があります。

また、現在はメッシュ予報といい、20km四方の格子に区切った3時間毎の非常に細かな予報が可能になっています。渓流釣りの大好きな私としては、メッシュ情報と、どの渓流にどの程度の雨が降ったかという情報を元にして、川の濁りや水温を予測する事で、その時々の最も渓流釣りに適した河川を予報する様なシステムができないかと期待しています。海釣りや船釣りでも、同様のきめの細かいサービスがきっと登場してくるのではと、考えています。

4-2.エルニーニョとラニーニャ

エルニーニョと言う言葉は、いまや小学生でも知っているほど、有名になりました。しかし、その意味する所を詳しく知っている人は殆どいないのではないでしょうか。

エルニーニョは本来ペルーの現地語で「キリストの息子」と言う意味です。太平洋の赤道上には非常に強い風=偏東風が吹いており、このため、赤道上の海水は常に東(ペルー沖)から西(ボルネオ方面)に吹き流されています。その結果、海水面の温度は、西ほど高く、東ほど低くなっています。

この偏東風が数年に一度、何等かの理由で弱くなってしまう事があります。そうすると、赤道上の海水の流れが少なくなり、温度の高いエリアが東側へ大きく広がってきます。普段水温の低い所が高くなると、当然そこには低気圧が発生しやすくなり、雨の少ない地域に大雨が降ったりします。偏東風の変化は偏西風にも影響を及ぼし、大洪水やかんばつなどの異常気象を引き起こします。これがエルニーニョです。

エルニーニョが起きると、日本付近では暖冬、梅雨の長期化、冷夏になる事が知られています。つまり、エルニーニョは、渓流釣りには、大変うれしいニュースになります。ラニーニャと言うのは、エルニーニョの反対で「キリストの娘」を意味し、偏東風が普段より強く吹く現象です。こういう年は、イワナの大物はなかなか釣れません。