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勝手気ままに書いてます  釣りの コラム


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毒を食らわば皿まで釣りの話題 2014/09/01

 この言葉は、今から15年ほど前に関西の某渓流へ釣りに行った時、釣り仲間から言われた一言でした。「毒を食らわば皿まで」とは、悪事に手を染めた以上はどこまでもそれに徹しろ、といったどちらかと言うと悪い意味の例え言葉ですが、私が渓流釣りをやり始めると、雨が降ろうが大風が吹こうが、辺りが真っ暗になるまで、徹底的に釣りにのめり込む姿を見て、そういう言葉を発したのだと思います。

 私はそれほどまでに釣りが好きです。今でこそ年齢も重ね(63歳です)、昔のようにガツガツと釣ることは少なくなりましたが、それでも一度釣り始めると我を忘れてしまうのは、今もあまり変わり有りません。先日も、とある管理釣り場へ遊びに行きましたが、活性のとても高い日で、午後から釣り始めて軽く100尾を超える釣果となりました。普通なら途中で飽きて早めに手仕舞いしても良さそうなものですが、結局その日も営業時間の終わる午後6時を少し過ぎるまで、目の色を変えて釣り続けていました。

 別に沢山釣ることが目的ではありません。魚は釣ってもたまに写真を撮るくらいで、殆どの場合、持ち帰りもしませんし、食べもしません。仕事がらみでも有りませんし、正直、幾ら釣っても私には何の得にもなりません。ならば、どうして釣り始めたらそれをやめられないのでしょう。自分でもとても不思議に思えます。ハタ目から見れば、まるで阿呆、正しく釣りバカですよね。

 釣りという遊びは実に知的な遊びだと思います。釣りの下手な人とうまい人で何が違うのでしょうか? 釣りのうまい人の共通点は幾つか考えられますが、私の認識ではやはり「研究熱心な人」と言うことになるかと思っています。魚の生態を考え、魚の気持ちになって、どうやったら魚が喰いついてくれるのかを真剣に考え続け、また時には試行錯誤を続ける人こそが、釣りのうまい人ではないかと信じています。私もそうありたいと願っています。

 TVのニュースなどで、「のんびりと釣り糸を垂れていました・・」などと言う表現を時折耳にしますが、果たして本当にそうなのでしょうか? 私はのんびりと釣り糸を垂れて釣りをした事など一度もありません。釣りを始めたら、どうすれば魚がこっちをふり向いてくれるのか、そればかりを考えています。のんびりしているヒマなど全く無いのです。1尾でも多く、1cmでも大きい魚を釣るためには、あらゆる努力を惜しみたくは無いのです。そのため、釣りをしていると、本当に1日が早く終わってしまいます。

 釣りの楽しみとは一体、何なのでしょうか? 試行錯誤の末に、狙った通りに魚が喰い付いてくれると、「やった!」と一時的には気分は良くなります。しかし、その魚をリリースした瞬間に、もっと大きな魚を、もっと沢山の魚を、と次の目標が大きく膨らんでしまい、心はちっとも幸せではありません。でも、止められないのです。恐らく、永遠の謎を追い続ける科学者の様に、永遠に私は釣りを止められそうにありません。


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